懸賞で当たったもんでのみ生活するとか、鈴木さんという名前の人にしかお世話になっちゃいけない無銭の旅とか、ヒッチハイクでしか移動できないとか、そんなことばっかりやってる番組。
今、黄金伝説というテレビ番組でおんなじようなことをやっているようです。
山でとれたものしか食ってはいかんとか、せんべいしか食ってはいかんとか、無人島で自給生活(?)とか。
なんだか旧ソ圏の人がいかにも嫌いそうなバラエティ番組で、わたしでも「なんだこれは」と思うんだけど、たまに目にする被実験体になっている芸能人から引き出される感情は本物なのかなあとも思うのだ。
擬似的な極限状態を作っているのだろう。
手段はあほくさいけど…
海外ドラマにも無人島やら刑務所やら、閉鎖空間での極限状態に数人が置かれているって話が多いよね。
先進国と呼ばれる国で暮らしていると表に出ることのない本能的な感情、欲求、行動を無理矢理作り出した環境でシミュレートするような、このたぐいの娯楽が常になにかしらある。
「恐怖は必要な感情。今の日本では恐怖が足りないからホラー映画を見る」
とはいどが言っていましたが、そういう極限状態での感情も定期的にトレーニングしないとだめなものなのかな。
わたしはよくわかんないのです。そういうのがあまり好きでない。
日和見なのかなあ。おめでたいのか平和ボケか。
恐怖や不安は実物とのお付き合いだけで手一杯です。擬似体験までいらんです。
しかし『11人いる!』も似たようなテーマの話だなあ、そういえば…。
萩尾望都には感覚遮断の実験の話もあった。一切の刺激を絶つ実験を受ける人の話。
静かに死にゆく感覚の中に飛び込んできたあたりまえの「生」の鮮烈さ。死にかけてた感覚が唐突にあわだって懸命にその手に縋り付く。あの話のほうが真に迫って感じたわたしは感覚遮断に近い生活をしてるんだろうか。擬似的にも刺激を求めるのが自然なんだろうか。つーか視点の軸が違うだけで同じ話か。
やはり擬似体験は必要である。
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