多分今日で本気で語るのは終わるから(笑
<リンク:http://www.h6.dion.ne.jp/~jpop/>J-POP CRAZYリンク>さんの5/25の日記を読んで
思うところがあったのでぼちぼちと。
そうか、そういえば、そういう明確な認識がなかったなと
中学生から今までずっとこっこを第1の音楽として聴いてきて
雑誌の露出も少なかったこっこのインタビューは
ほとんど漏らさず読むことができて、何回も繰り返して
その移行・脱却を当たり前に感じていたわたしは
気付いてなかったなと。
SINGER SONGERを聴いて感動したのは
紛れも無くそういう感動なんだけど、
きちんと言葉として理解してなかったかな。
そういうことなんだよね。
Coccoを一回中止して、くるりという音楽性アイコンを持った人たちと
「普通に、いい曲」として仕上がる曲を作って
「それまでやりたかったこと、探してたことが全部うしろに行って」
外からの批評としての目線も含め、『脱却』が完了したんだなと。
彼女にいつもついて回っていた歌に関する逡巡はなりを潜め、
沖縄では歌えないと言っていたこっこが沖縄で歌を歌って後の
こっこの歌は沖縄ではなく5人で行くお花畑とピクニックであって。
こっこのトラウマとか言葉尻をひっつかまえてぐだぐだ言うことや、
それに関して脊椎反射的な拒否反応を示すわたしみたいな痛いファン
こっこがそういうのを全部ひらりかわして
かろやかに歌い5人で成立する音楽を楽しそうにやっているということ。
それが、すごく嬉しかったんです。
もっとこの歌を聴いていたいと思う。
CDも劣化することを知って、
無人島に1枚しかCD持っていけないなんて嫌だし
じゃあこの耳にこの歌を全部込めてどこにでも持っていけるように
何回も何回も聴こうと決めた12歳の冬からなにひとつかわらず
何回もどれだけでも聴いていたくて、その音楽が今はこういうものだっていう
それも嬉しい。
もーほんと、こっこ最高です。
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