前に祖母にくっついてアクセサリーの展示販売に行ったとき、「お客様は円いモチーフのほうが絶対いいです!」と言われたが…そんなに丸いんだろうか、わたし。丸いんだろうな。ふへへ
なんかね、ずっと角のあるシルエットのものが好きだったんだけど、最近なんだか丸もいいじゃない?という気分。
あれ、わたしも角好きだったんだろうか…?
しかし先日ベルニーニの彫刻を写真で見て大ヒットしたのよね。
塑像のまろやかな感触、ミケランジェロみたいな彫刻の人体のみずみずしいラインももちろん素晴らしいんだけど、ベルニーニの硬質でひややかで凛としていて、それでも滑らかなあの表現。ああ美しい。
丸いのも角いのもそれぞれいいんだけど自分のうちにないまぜになっている感覚が時にどちらかに振れて、片方を選んだりするんだろうな。
そしてやはりぴんとはりつめた冷たい空気感のうちに柔らかな感情を吹き込むROENTGENは最強だな。
と、毎度の結論に至っているところ。
彫像のように絶対的な存在感はなく、ただ広がりを与える音楽も圧倒的な世界観に拠れば確かな色を放つのね。
丸か四角かでふらふらと振れる感情の在りかを探すまでもなく作り出されたその空気にくるまれていて、その中で物思いに耽ることができるのはなんとゆるやかな表現だろう。
音楽って強い影響力を持つけれど、それ自体はとてもさりげないものだと思う。
そのさりげなさ故に影響の出方もさりげなかったり思わぬところで自分に入り込んでいたりして、不思議な執着を育むものだけれど…音楽の「中に入り込む」力って絶大だよな。物理的な隔たりがないせいだろうか。
そのせいで妙な勘違いをしてしまうこともあるわけなんだけど。
先日のライブ、その後の自分の行動になにか影響を与えるだろうかとちょっと不純な期待をしていたわたしですが、結論からいうとなんにも変わりませんでした。
翌日からの日常はあまりにも日常。一日で大阪行ってみゆさんとLUSYさんにお会いして(楽しい時間をありがとうございましたv)ライブみて愛媛に帰って、という半年ぶんくらいのアクションを一気に起こしたのでヘロヘロでしたが、日常。
まあ、そうだよなー。
音楽の影響ってもっとさりげなく出るんだよ。背中を押されることはあれど、寝た子を起こす体力が自分にないとはじまらないんだわ。
やはり自分と音楽は完全に別物。
別物だから影響を受けるのね。影を作って響かせるためには独立した二者が必要なわけであり。
しかし冬空に広がるこの音の懐は広く、そんなしょーもない目覚めも飲み込んでしまうのでした。
やっぱりこういうのが好き。
日常と寄り添う別の感情が常にこんな風に動くことができれば、幸せなんだよなー。
なんかちょっと見失いつつあったものを再確認した日常です。
秋になってenglish ensembleはよく聴いてたんだけど、つんとした寒さを感じた瞬間ROENTGENを聴きたくなるのね。
ROENTGENには寒々しく暗い雰囲気ももりこまれているから、からりと明るい秋晴れにはまだちょっと早いのだ。
久々に通しで聴くアルバムはやはり名盤でした。すばらしい流れにうっとり。
しかしHurry Xmasを聴いたらなかなか「レントゲンにうっとり」モードには入れないんだろうなあというわけでPVみのがしました。
前々から「このシングルはコンセプトが可愛い、好きだわ」と思っていたのに、なぜそれに限っていつまでも片鱗すら掴めないのだらう。
ききたいなあ…つーか悶絶必至と評判の(はいどが)かわいいPV、みたいなあ(´o`)
怒涛のラルク情報はよくわからないので今のところすべて右から左へ聞き流しているんだけど、なにがどうなるんかいな??雑誌が多いの?テレビ?ウホ?
もうわからないよパトラッシュ。
そろそろ勉強もやることが多くなって慌てはじめているので、のがさないようにしたいです。がんばろう…




